仕事柄経営者の方とお会いすることが比較的多い気がするのですが、今まで会った中で偉大な経営者を1人選べと言われれば、間違いなく、エーザイ株式会社のCEO内藤晴夫さんです。
内藤晴夫さんを端的にいうならば、”経営する哲学者”といったところで、よく一般的に経営者がイメージされるような「どうやったら儲かるか」とか「どうやったら社員が成長するか」みたいなことを考えているフシはあまりない。会社に自分の人生哲学を一体化させることを日々実践されているのでは、と思える経営者です。
個人的には晴夫さんは自分の亡父と同じくらいのお年で、寡黙なところ、早朝に文京区にある学校みたいな雰囲気のエーザイ本社の社長室に行くと、静かな場所で Wallstreet Journal を読んでいる姿が似ていて、勝手に親近感を覚えていました。
エーザイという製薬会社はチョコラBBなどの栄養剤のイメージが強いかもしれませんが、一般消費者向けの売上は全体の5%ほどです。95%を医療用の医薬品で売上を立てている会社です。医療用の医薬品の中でも、エーザイの強みは認知症領域で、アリセプトというアルツハイマー型認知症治療薬を世界で初めて開発したことで業界の中では有名。最近では、レカネマブという疾患修飾薬と呼ばれるアルツハイマー型認知症の原因物質アミロイドβを取り除く効能のある新薬が承認され、今後かなりの売り上げになることが予想されています(ここでは売り上げといいましたが、エーザイ、特に晴夫さんの考えでは、売り上げが第一ではなく、患者様への貢献が大事という考え方なので、あまりウリアゲ、モウケとかいうと怒られます)。
このレカネマブという新薬は承認されるまでに引きこもごものエピソードがあり、それだけで本が2冊くらい書けてしまうくらいなのですが、とにかく、認知症薬というのはレカネマブが承認されるまで(実はその前にアドュカヌマブという新薬も承認されていますが、さまざまな要因でビジネス的に難しい状況)、非常に成功確率の悪いカテゴリで、成功率は確か1/1000以下だったと記憶しています。その投資の期待値が恐ろしく低いカテゴリに賭け続けて遂に成功させたのが、内藤晴夫という経営者です。
一つ一つの薬の開発には数百億〜数千億円かかる(どこまで開発を進めるかにより大きく変動)ため、製薬会社というのは常にとてつもなく大きな博打をしているようなところがあります。そのような不安定な企業を率いる社長というのは多大なストレスに悩まさせると想像するのですが、特に確率が低い認知症分野で勝負されている中でも、内藤晴夫さんは常に泰然とされておられて慌てるそぶりを見せない。逆に薬が承認されても、有頂天になることはない(人に見せないだけかもしれないが)。己の哲学を信じて、失敗する可能性がはるかに高いプロジェクトを成功させたわけです。
このレカネマブ、側から見るとラッキーで成功したように見えるかもしれません。認知症薬の承認までには創薬パイプラインの充実化、認知症薬が出なかった時のための対応実行などを実に様々な対策を指揮されており、晴夫さんが会社としての手数を多くしたために必然に起こしたことのように見えました。実際、あまりにも成功確率が低いため、アミロイドβ仮説という仮説すら間違っているのではと言われた中での成功でした。
そんな稀代の経営者内藤晴夫さんがエーザイで長年推進されていることに”SECIモデルの実践”があります。SECIモデルというんは昨年亡くなられた野中郁次郎さんが提唱された知識創造のフレームワークで、会社に眠っているナレッジを表出化、連結化、内面化、共同化のプロセスをグルグル回すことによって、暗黙知を形式知にして、形式知をさらにアップグレードしていくという考え方。今回の認知症薬の承認プロセスにおいても、様々な組織、チーム単位でSECIモデルは活用されていました。会社として取り組むとかなり強力なツールになることは間違いないです。
このSECIモデルについては、エーザイの組織全体で取り組んでいるのですが、ただ、このSECIモデル自体も哲学的なところもあって、フレームワークは理解していてその有効性を理解していても、実践となるとなかなか苦戦するところもあります。特に、社内の暗黙知の表出化から連結化のプロセスはどうしても大量のドキュメントを整備するとかになりがちで、表出化しても情報を引き出しづらく、連結化まで到達しないという例が散見されることになります。
実は私は生成AIが出始めてから、このSECIモデルはAIと非常に相性が良いのではと思っていました。AIとSECIモデルを組み合わせることで、突出した個人プレーが可能になり、さらにその個人プレーで得られた暗黙知が組織全体に波及する、そんな仕組みを作れる、のではと。
AIで最も恩恵を受けるのは、個人です(組織ではない)。AIに仕事を任せることによって、圧倒的なスピードと効率で仕事を進めることができる。今までやれなかったことができたり、数日かかっていたものが数分でできたりする。その個人のAIの使い方は人それぞれです。資料作成に使う人もいれば、我々のようにシステム構築に使う人もいます。ここでは、人それぞれのAIの使い方は暗黙知となります。ノウハウとして個人が持っており、組織として共有されていない状況です。
この個人のAIの使い方が業務をしながらクラウド上に自動的に保存できるようにしておくとどうでしょう。.mdファイルのようにして卓越した成果を出す個人がどのようにAIを使っているかを保存しておく。
誰かが非常に良いアウトプットを出したとしたら、その人の.mdファイルを参照(当然その人に許可はとる)し、AIでノウハウを抽象化する。案件個別のオブジェクトと、一般化できるオブジェクトを分けて他の事象のインプットをすると、ノウハウの写像がアウトプットされるようにする。表出化。
この写像AIを使って、他のメンバーが業務を行う。連結化。
そして、他のメンバーがこの写像AIを自分のものにして、そして工夫して、アップデートする。内面化。
共同化とは、ユーザーと場所と時間を共にし、感じる、Don’t Think, Feel. の世界であります。ここはAIでは難しいので、人間が時間をかけて行う。例えば、『知的創造企業』にあるように、パン焼き器を開発するために一定期間パン屋さんに弟子入りするとか、エーザイの社員が行っている患者さんの気持ちを知るために患者さんと時間をともにするなど(実際にやっている)。この共同化で得られた知識をまた誰かがAIを使ってプロダクトなどに転用する。
先に書いたようにSECIモデルの実践では、特に、表出化、連結化が難しいところです。この部分をAIでシステム化してしまう。人は人にしかわからない部分を徹底的に行う。マニューバ株式会社では、このSECIモデルとAIを組み合わせた仕組みを構築。SECIモデル×AIで、エーザイの認知症薬のように素晴らしい成果が出れば楽しいですね。